夏の墓参り

2021年7月16日金曜日

日記


そうだ。小京都へ行こう。



と、いうわけで

先日、山口へ行ってきました。
不肖ニシムラです。


「また萩かよッ!!おめーも好きだな!」と思うなかれ。
今回は毎度おなじみ「萩」ではなく、「山口市」のほうへ。

個人的に「山口市」は久しぶり。




そう。旅行を封じられている反動か
なんか無性に誰かの墓に行きたかったのである。
(それは大体、いつものことではあるのだが)


そんなわけで久しぶりに大物、萩藩主 毛利家の墓へ向かいました。



毛利家の墓、香山墓所のそばにある

日本三名塔の五重塔「瑠璃光寺」。
 




見よ。
京都に行けない今、まさに京都に来たかのように感じるこの趣き。

ありがとうございますッ!(とりあえず感謝)




そして、香山墓所にある有名な「うぐいす張の石畳」。



ここで手を叩いたり足踏みすると、反響音がウグイスの鳴き声に聞こえるそうなので。
幾度か試しに手を叩いたあと、

やはり、ここはアレを刻むしかあるまい。

と、

どんどん(足踏み)パッ!(手打ち)と
クイーンの「ロック・ユー」を刻んできました(墓の前でリズムに乗るな)

山口は墓のまえで「ロック・ユー」を刻んでも恥ずかしくないほどに人がいない!
そこがいい。山口。



そして、いよいよ
長州藩主 毛利敬親の墓へ。




土饅頭型。
つまり土を盛り上げた立派な墓。


この形状は、東京 品川で参った、土佐藩主 山内容堂の墓と同じ。
・・・藩主はみんな土饅頭の墓なのか?(要調査)



きちんとお参りを終え、

香山墓地を後にし、もうひとたび「ロック・ユー」を刻んでいると、
掃除をしていたオッチャンが急に

「この先にある枕流亭に行ってみるといい」と話しかけてきました。


「薩長同盟っていうのがあってね。長州と薩摩は 始め仲が悪かったんだけど、坂本龍馬って人が…、」
と、幕末の説明がはじまりました。


「あ。もう、間に合ってますんで。」


などとは、もう大人の不肖ニシムラは言いません。

そこは真面目にオッチャンの説明に耳を傾けました。




さすが。


さすがよ。



史跡の掃除をされてる方は違うね。
説明し慣れているんでしょうね。

シンプル且つわかりやすい説明。



私的に幕末って、めちゃくちゃ説明が難しいと思うんですよ。(え?私だけ?)
あの時代って色々と ややこしいから(みなもと太郎的な表現)
それをね
人に、どう簡潔に 取捨選択して伝えるか。
いつも悩んでしまうところです。

非常に参考になりました。
ありがとう。オッチャン。




てなわけで!


そんな、件の枕流亭へ。




長州、薩摩のメインどころが密議を交わしたとされる建物(移築)



知ってるか?
ありがたいことにココ、中に入れるんだぜ?
そのうえ、無料なんだぜ?

萩もそうだけど、山口ほんっと優しい。好き。山口県。




1Fは殺風景。
こじんまりとした空間のなかに、面々の紹介パネルがありました。

と、思っていたら




ナニコレ!?!?

なに、この魅力的な看板・・・!!


嘘だろ。
2Fも行っていいの!?
めちゃくちゃワクワクするんだけどッ!!



お、趣のある階段ッッッ!!!!(落ち着きなさいよ)









こ、これは近かったら完全に居ついてるなー。
暇さえあればくるよ、ココ。
この2Fで雑魚寝よ。決定よ。(せめて立っていろ)


個人的にお気に入りの
萩にある俊輔(伊藤博文)の家なみに居ついてる。絶対。




本当はもっと 当時を偲んで くつろぎたかったんですが、学生さんたちがやってきたので早々に退散。
・・・どこの学生だろうか。
いいなー。学校で こんなとこ連れてきてくれるんだ。


修学旅行で京都へ行った時に、西本願寺まえの旅館に泊まったんですが
「先生!お願いですから、すぐ戻ってきますから、そこの西本願寺に行かせてください!!
ちょっとでいいから!5分でいいから!!!」
と叫んだのを思い出しました。




さて。

枕流亭の次は、
少し場所を移しまして。


村田蔵六こと、大村益次郎の墓!




お墓は道路脇から少し進んだ薮の奥。


京都にある遭難の場所(斬られた場所)は、何度も立ち止まらせていただきましたが
ちゃんとしたお墓に来るのは実は 今回がはじめて。(ドキドキ)





村田といえば、印象的なあの「村田のおでこ」ですが
この人、めちゃくちゃかっこいい人だからね!
ファンは多いはず。

次は靖国神社にある村田の銅像も ぜひとも撮影したい。



そんなわけで、ぶらり山口史跡めぐりは このへんで終幕。

本日もありがとう。山口。




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